それは職業的倫理観から自動的にそうなるものじゃなくて
今まで見てきた子を応援したいから
でもなくて
不合格の味を
すずのきでものすごくがんばってきた子に
絶対に
感じさせたくないから。
それじゃ まるで
やっても意味がなかったんじゃないか
と 思ってしまうかもしれない。
実際
自分の時間と やればできるという自己効力感を
大幅に削ってまで得る何かは
不合格には無いように ぼくにはおもう。
そりゃ 不合格になった人が個人個人で感じたらいいことなのかもしれないけど
時に 背中を押すどころか蹴飛ばして
雨の日も風の日も疲れきった日もぶんむくれの日もゆっくりしたい日も落ち込んだ日も部活で嬉しかった日ももうちょっと遊びたい日も
変わらずに
勉強させてきた身としては
絶対に
結果として 不合格でした
は味あわせたくない。
何年も勉強を無理強いしてみれば判るとおもう。理屈じゃない。
進学塾すずのきで ぼくが厳しいのは
不合格を感じさせたくないから
それが 1番強い動機。
自分が痛い痛い不合格になった人と
人を頑張らせて頑張らせて不合格に突き落としたことがある人にならわかってもらえるかもしれない
やればできる を手に入れされるには
できた結果をつかむことが大切だよね
それは本人の問題
とは ぼくは言い切らない。
自分ががんばる問題だとぼく自身は思ってる。
今日もがんばりましょうね


