どうせ今日も激いそがしくなるから、ブログをかいておこう

 

 

 

 

昨日は  午後

 

ハンガリーからいらっしゃってる英語の先生  チェーペさんと

 

チェーペさんの家族と一緒に

 

国立博物館に行ってきた。

 

  

 

最初 すずのきでお話しましょ って予定だったんだけど

 

 

せっかくだから 見てほしいなっておもってお誘いして上野きいってきた。

 

 

 

 

 

雨だったか  今まで感じたことがないくらい いっぱいで

 

 

 

あっという間に2時間すぎて 閉館になってしまった。

 

 

  

 

 

 

わが家なりのお迎えとして

 

 

改札で

けんだま披露から はじめたんだけど

 

  

 

なんと サボさんも日本語ペラペラで

 

 

アデリーさんは 英語とドイツ語とフランス語とギリシャ語だったかな… 

 

 

 

  

とにかく 天才たち3人とのお出かけだった。

 

もちろん彼らの母国語は ハンガリー語。

 

 

  

 

急遽 まとめた日本の歴史は ちょっと急ごしらえでAIを使うにしても もうちょっと推敲したほうがよさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

今日は松島からはじめて

 

山寺まで足をのばしてみるそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

マスクしながら、駆け上がって 大変な山寺だった記憶がある

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

と思いきや うかれてる山寺だったらしい

 

 

 

 

 

  

 

 

 

  

なんの話だったっけ

 

 

 

 

  

つみあがりきった  英語の添削の話だったっけ?

 

 

 

 

 

  

 

 

それとも  小学生と新中1たちが 毎朝 みんなでトレーニングしてる基礎英語1が 今日で一週間続いてるって話だっけ。

 

 

 

 

  

 

  

  

 

 

ほんとは 書きたいことは山とあるんだって  山寺にかけようとしたんだっけ? 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

  

 

いや   そうじゃない

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

ハンガリーから  来てくれた  チェーペさんのご家族と

 

 

わが家で 国立博物館をまわって  池之端で射的をやって

 

ふらっとよった東照宮で  日本の信仰についてぼくのおもうところをお話して

 

ぼくが日本らしいな って思ってる 満員電車にみんなで乗れて

 

 

 

すっごくうれしかった  って話を書こうとおもったんだ。

 

  

 

 

 

 

  

 

 

すずのきには なんの関係もないけどね…

 

 

 

 

 

  

 

  

 

 

 

 

そうそう

 

 

国立博物館の 特別展示で

 

20数分の映像をみる っていうのをやってたんだけど

 

日本の美術やアート アニメにつながる観点で

 

アニミズム  や  余白の美  についてふれていた。

 

 

 

 

たしかに ぼくもそう思うな っていうところがあって

 

八百万の神なんか  ほんといい加減なもんだけど

 

それが まぁ 日本的でぼくは とてもおもしろいとおもってる。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

にしてもさ

 

 

  

 

余白の美  ってあるじゃない。

 

 

  

  

 

 

お茶碗なんかを考えてもいいとおもうんだけど

 

ヨーロッパの均整のとれた華美な器や

 

中国の超絶技巧とくらべて

 

 

利休好み なんていわれるようなのは  ほんと質素そのものじゃない?

 

 

 

 

  

 

そこに 自然を感じたり 宇宙を感じるんだ  なんて言われれば それまでなんだけど

 

 

というか  そういうもんかなー  なんてぼくは思って生きてきたんだけど

 

 

 

 

自然信仰的な アニミズム的な

 

 

 

 

でも

 

 

 

その 見えない

 

 

とらえどころのない何かに 信仰をいだいたり

 

美を感じたりしたりするとして

 

 

 

  

余白の美

 

 

 

っていうのは   余白に何を感じてるんだろうね?

 

 

 

  

 

 

 

  

 

余白は   てっきり    受け手の想像力をかきたてるものだとばっかり思ってたんだけど

 

 

 

  

 

 

 

  

 

そうではなくて

 

 

  

 

松林図屏風 とか

 

 

別に 余白に何かをイメージするんじゃなくて

 

 

 

 

  

余白 そのもの     空白そのものが信仰だったり 美の対象だったりするのかもしれない

 

 

 

 

  

なんて感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

余白の美

 

 

 

 

  

って   何を表現してる言葉なんだろうね。

 

 

  

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

  

キーワードは 奥行  なのかね

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

定義づけられそう?

 

 

 

いかんいかん遺憾

いい加減 添削をはじめよっと。