論理的に考える陳腐さ

 

 

夢や目標から

 

いまあるべき姿・行動におとしこんでいく手法は

 

 

学生・社会人 問わず

 

よく見受けられる。

 

 

 

 

理由は

 

言語化しやすく

 

可視化しやすく

 

自己評価も他者評価もしやすいから。

 

 

 

 

 

一つ一つの要素をブレイクダウンして

 

納期も区切り

 

一つ一つ達成する中で 自己肯定を繰り返し

 

さらに目標達成に近づけていく。

 

 

 

 

 

結構なことだね。

 

 

 

 

 

 

 

チームや会社なら 理解できる。

 

 

 

共通理解が必要だから。

 

 

 

 

 

でもね

 

 

 

個人なら別。

 

 

 

 

最低限、すべきことを要素に分解したほうがいいとは思うけど

 

 

その日にやりきれるかどうか

 

今日 全力をつくせるかどうか

 

 

そんな一日を積み重ねられるか 

 

 

そこに焦点をおいたほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

達成する意志の力

 

瞬発力

 

継続力

 

 

 

 

 

 

 

 

枠組みを論理で整えて進捗管理する力よりも

 

 

その日を全うする力を重視すべきだ。

 

 

 

 

 

結局 やれるかどうかが重要なんだから。

  

 

それに本当の勉強をしていたら

論理的思考能力・目標に対する逆算的なアプローチは身につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目標は湧いてくるもんだよ。

 

 

「まず 目標を決めて 

 そぉれ 走りなさい」

 

 

そんなのばかげてる。

 

 

 

 

 

 

今日 どうしたら全力の全力をだせるか

明日は何をすべきか

 

 

 

 

勉強について考えるのは

そのくらいにしておきなよ。

 

 

テキストの中身のほうが

よほど大事だからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口だけの人はたくさんいる。

 

 

 

すずのきの生徒たちは

 

圧倒的な挨拶と

圧倒的な行動で

 

 

ぼくとは違って

しなやかに輝いてほしい

 

 

勝手にそんなことを思っていたりもする。