素も子もないけど
そう思うまで勉強してみるのは
初心者としてはとても大切な姿勢だとおもう。
1000時間とか 真剣に勉強すると
勉強って やるかどうかだなー とシンプルな思考にひとまずたどりつくとおもう。
やり方だの
効率だのを口に出すのは
勉強初心者。
で たくさんやらないと話にならないなー
と 体感というか 諦観というか
そういう実感を持つ人は
たくさんやったことがある人だから
そういう人が同じ時間あたりにどれだけたくさん勉強するかという質にこだわりだすところで
効率性を真剣に求めだす。
というのが ぼくが観測していての若い学習者の成長段階。
ダイエットって 所詮 食べる量を減らすことだな
という実感
点を取るための勉強って 取れるまで勉強するだけだな
という実感
それは 痩せるところまでやりきらないと得られないし
点を取るところまでやりきらないと得られない。
考えないことを積み重ねてきた人が考えるのはとてもつらいこと
食べるのを我慢せずに数十年すごしてきた人が食べるのを制限するのはつらいことだし
喫煙者が禁煙するのはつらいこと。
点を取るモチベーションが無い人が 数回 点を取ったところで
がんばりやさんに変わるかっていうと
そんな簡単にはできてない。
そんな簡単なら 街に学年1位はあふれかえる。
自分はがんばる人になるのかどうか
むすこをがんばりやさんに育てるかどうか
勉強はスタイルでするものだと ぼくはおもってる。
いつか 野球をやりたくなるその日が来たら 野球をしたらいい
で
甲子園で活躍するピッチャーになれるわけがないし
なんなら 高校野球のチームでレギュラーさえ難しいのかもしれない。
人数の揃わない高校なら大丈夫か…
いつか自分ががんばりたくなったらがんばればいい
という子育ても大いにいいとおもう。
ぼくは
ちいさいうちから がんばる力を伸ばしたいとおもってる
脳みそ的にも 身体的にも そのほうが成長角度を得やすいように感じるし
なによりメンタリティに差がついていくようにおもうから。
がんばらないでもいい訓練を重ねるとどうなるのか
そこに強い危機感を感じながら
すずのきで生徒たちをみている。
まぁ たかだか18までの成長度合いで話してるから 全然その先の観測なんてできやしないんだけどさ
思ったよりも 子どもって おもうようにいかないもんだから
特に 高校生にもなったらさ
鉄は熱いうちに鍛えておくのが いいんじゃないかな
と ぼくはそうおもうよ。
