だから
受験終わりに よしこれでおしまい!
これまでの分 勉強じゃないことをしよう
と 行動をかえるのは ぼくは反対。
2度と 勉強で同じ強度を出せなくなる可能性が高い。
本来はカテゴリーが上がるたびに 負荷は上がるはずなのに
同じ強度すら出せなくなるようだと なんのために勉強をがんばってたかわからなくなる哀しいことになるかもしれない。
TOP校に入って 勉強がついていけなくなったら
勉強は大事 って人が集まっている中で
それは かなり自己肯定感がけずられる学生時代にならないかと心配になる。
別に トップ校じゃなくても
一度 走れなくなったところから 走るようにするのは 本当に大変なことだとおもう。
見ていて そうおもう。
昨日 勉強する前に 松戸一中の生徒たちの記録簿にあらかじめ
「火水木 やすんでよい」
とか 「明日やすみでよい」
とか 書いておいた。
夏休みの後半から やすみなしで勉強し続けた子が多かっただろうから
ほっと する日もあっていいんじゃないか と思って書いておいた。
勉強の休みなんて本人が決めたらいいんだけど
あえて ぼくが書いておけば 休みやすいかな‐ と思って書いておいた。
休まないで勉強した方がいいに決まってるし、
むすめやむすこには毎日勉強させている。
むしろ 勉強しない日がある方が、長い目でみたときに 勉強がきつくなるとおもう。
ふたりは毎日 あそびたおしてるし、寝てるから ことさら休憩なんてつくる必要も感じない。
勉強ができるようになる方法は
息を吸うように勉強をして
息をはくように勉強をすること
勉強は 苦役ではなくて、栄養。
タンパク質と同じで、こどものからだとこころと そして未来をつくるもの。
なんならあそびの要素だってある。
勉強には息抜きが必要 とか言えるのは、東大受験とかで 死ぬほど勉強してる人くらいで
圧倒的大多数の人は普通に寝て普通にご飯を食べてるんだから
息抜きが必要とか そういう雰囲気出しは恥ずかしいとおもう。少なくてもぼくは聞いてて恥ずかしい。
ただ
生徒たちをみていると、やっぱり休みはうれしいっぽいから
テストまで自分を追いつめてそうな人には
休んだら
と声をかけるようにしてる。
昨日の場合は
休んでよい と記録簿に書いておいた。
でね
昨日の夜 電話があった。
ぼくは出なくって 横内先生が出たんだけど
中1から電話で
「勉強しに行ってもいいですか?」
って内容だった。
そういう人は
いまのスター講師や その上の代のスーパーガッツ以来な気がして
なんだか懐かしかった。
勉強は のっているときに 進めとかなきゃ もったいない。
どうせ 波がある。
どんなに波をつくらないようにしたって
波はできる。
いい波が来てるなら乗った方がいい
むしろ加速しといたほうがいい。
中1だからね。
お盆休み以来 毎日いるんじゃないかな
たのしみだよね。
休んだって 休まなくたって いい。
自分が思うように 勉強したらいい。
自分がしたいように 自分をつくっていってほしい。
成長する自分を実感してほしいし
自分自身にたくさんたくさんこだわってほしい。
もちろん 自分だけがもっている 時間 をどう配分するか どう充実させるかについてもこだわってほしい。
勉強は個人種目だから 自分に向き合わざるおえない。
できない問題を乗り越えなきゃいけないきつい種目だから
わかったものを定着させなくちゃいけない ときに退屈な種目だから
あばれる自分と向き合わないとならないし 行動力や意志の力がためされる。
若いときにこそ たっぷり勉強したらいい。たくさん成長する。
塾をやっていると よく そうおもう。


