たしか2週間くらい前に書いて それきりだった。
なんで漢検がいいのか は 書いたっけ?
ちょっと覚えていないからまた書いておくと
言葉(語彙)を知っていると
学年を飛び越して 様々な文章が読めるようになる。
これが 逆に言葉(語彙)を知らないと
学年相当の文章しか読めなくなる。
高学年になって 中学生になって 高校生になって
たっぷり読書であそべる時間を持ち続けられるかっていうと
それは なかなか難しい。
読書は時間がかかる。
小学校低学年のときには たくさん読書をする時間があったとして
学年相当の文章しか読めないのだとすると
むすこのように 大好きなゾロリかマンガばかり読むことになる。
むすこは ほぼゾロリは読みきっているらしい…100巻くらいの数字を消し込んでるメモがうちにある…でも なかなか他の本に進んでくれない…
熟語をたくさん知る必要がある
漢検の学習を通して
言葉を学び
次の学年 さらにその上の学年が読むような文章にふれることができれば
そこで 初めて出会う言葉も新鮮になる。

知らない漢字や単語ばかりだと
目がすべっちゃうから
目をすべらすことばっかり慣れていっちゃって 深い思考力につながっていかない。
知らない言葉への感度 が 鈍れば
黒板でわからないことがたっくさん書いてあっても 気にせずノートに写して ほっておけるようになってしまうかもしれない。
すずのきでは 日に何十回と使われる辞書も
勉強でまったく使わないって人もいるだろうとおもう。
だがしかし
最難関に進む人ほど 言葉の定義にこだわって辞書をひいていることは こっそりここに書き残しておこう。
以前、後の東大生が高1のときに 聞いたことがある。
「なんで そんなに辞書ひくの?」
ぼくの目には必要以上に国語辞書で調べている印象があった。
それこそ 1日に30から50回。
国語の勉強をしていないのに…
かえってきた答えは
「辞書の定義を覚えておいたら間違いないとおもうんですよね‐」
なるほどだよね。
時間のある高1のときに頻繁にやってて そののちは 普通くらいになってたけど
言葉に対する 解像度っていうかな
同じ 『抽象的』って言葉でも 人の持つ印象って 様々だと思うんだよ。
どれだけ 言葉に触れてきたか っていうことはとても大切なことで
その土台は 日本語だと 漢字 になるとぼくは考えてる。
小学生は 1文に 5個も10個も 知らない単語が入ってくれば
読む気も失せるし
なんとなく流してしまうの。
漢字をあらかじめ勉強しておくっていうことは
そういうことを避けることができる。
それが 漢検の効能のひとつ。

あと もう1つが 実にその後の学習に関わる。
暗記についての試行錯誤



