今日も淡々と進むことが、進ませることができるかどうかという自分との勝負

 

 

 

 

 

 

 

むすめ 小3 むすこ 年長 の勉強は

 

彼ら自身のやる気 とか 性格 とか 遺伝 とか

 

全く関係なく

 

 

 

 

 

 

親がやらせているから進んでいるとおもうし

 

 

親が 適当にやってるから この程度 といえなくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは見方によるとおもうんだけど

 

彼ら自身の勉強したい欲求を伸ばす みたいなことは あまり考えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ 興味がわきやすいように 好奇心を伸ばしやすいように とはおもって育ててるけど

 

 

 

わがやでは 勉強はしたくなったらする とか、必要になったらする とかではなく、

 

勉強はするもの

 

として育ててる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強しなくて困ってる人をたくさん知ってるからね。

 

300人中下位で 黒板を眺めてボーっとすごせる中高生に育ってぼく自身が困らないように、『勉強はするもの』として育ててる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進んでいくとわかるけど

 

 

 

期限のない勉強はできるようになると、たのしくなる。

 

 

 

 

 

 

競争環境の外で 独走すると

 

単に

知ること 出来ることが増えていって たのしみやすい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

得しかないけどね

 

 

 

 

育っちゃってから 粘り強さとか、文字への強さを育てようとすると

 

すっごい反発を乗り越えないといけなかったりするし

 

 

そもそもスタートラインの出遅れが決定的な差になったりするから、勉強なんて はやめはやめの方がラクな気がしてるんだけどね。

 

 

 

 

もちろん限られた時間をどう使うかは家庭それぞれだから、どれも正解とも思うけど

 

 

 

 

わが家は 毎日。

 

 

 

むすめは 算数と英語

こないだ土曜日からはじめた英語の文章、毎日80題リスニングは順調にすすんでる。

 

 

 

 

 

むすめの勉強については、例題解説を読む力を育ててるから 特殊算にしろ英語にしろ 教えることは まずない。

 

 

 

 

 

むすこは 算数と  1000の言葉は例文作成までいったから今は漢字。 

 

 

 

 

話しを聞かなくなったら、まともな勉強なんて 絶対にさせられないからね。

それは仕事を通じて、とてもよく知ってる。

 

 

 

 

 

 

その時に 本人は困ったふりをしてるだけだったり 全然困っていないのも よく知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強は 身長とかとちがって、生まれてからの積み重ね要素が強いから

 

いうことを聞く間くらいは 親が関与できるならした方がいい。

 

 

 

 

 

 

勉強をしてエライ

 

 

じゃなくて

 

勉強するのが当たり前

 

 

という感覚ね。

 

 

 

それを刷り込むイメージ。生活を通して。