朝のラジオを終えて…

 

 

写真を見ると5月13日の問題をむすこが解いてるのが

気になるといえば気になるけど

 

 

 

もう4ヶ月以上 まともにむすこの勉強を見ていないから

 

口を出すのは控えておこう。

 

 

 

 

 

今朝 ラジオで英語を勉強したあとの6:30すぎのわが家。

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは むすめの解いてるプリントを印刷しに5時すぎにすずのきから行って、テストをつくって帰ってきたところだから、わりとはっきりとした目で2人の勉強を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強はつみかさねである程度のところまでは進める。

 

 

 

 

 

 

こんなに勉強してるのに..という発言を上位層がするのは聞いたことがない

 

 

 

 

 

 

 

理由は明白で

 

 

 

 

勉強はできるまでやるもので

 

点を取りきるまでの勉強がどういうことか知っているから。

 

 

 

点が取れていないのが何なのか判っている。

 

自分の勉強が足りていないのを体感するだけ。だからこんなに勉強しているのに なんて言葉は出てこない。

 

 

 

 

 

 

 

 

わが家の

小3と小6に関しても 「こんなに勉強してるのに」という発言をしているのを見たことはない。

 

 

 

 

 

 

たいしてしていないことを本人たちが自覚しているから

 

 

たまに とんでもなく勉強する期間を経験しているからとぼくは思う。

 

 

 

 

 

 

 

勉強初級編の彼らが中級編になるのは

まだ ずいぶんと先のこと。

 

 

 

 

 

 

お気持ち重視で甘く接して 勉強ができるようになるなら

すんなりとりかかって それが持続するのなら

 

ぼくはいくらでも優しぶって 甘くするだろう。

 

 

 

 

 

 

 

現実では

 

生徒のことを褒めると その生徒の勉強強度は落ちる。

 

 

 

 

 

何十回も痛感してきたことだ。

 

 

つい2,3日前にもそう。

 

 

 

 

 

こうしたら勉強ができるようになるのでは

という取組のほとんどは

 

 

幻想で

 

 

それでできるようになるなら、たくさんの人が大成功をおさめてる。

 

 

 

遊びやスポーツ と できない問題に取り組む勉強を一緒にするのは 多分無理があるんだよ。

 

 

 

 

国民総出で100年とか勉強してるんだよ

でも 高校大学まで真面目に毎日勉強する人って 一握りでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは

 

壁をよじ登らせながら

自分で考えさせて

 

 

粘り強くやりきらせ

 

 

 

それを間近で目を見開きながら見つめてる派。

 

 

 

もちろん

量は学校の勉強とはまるでちがう世界。

 

 

 

 

 

 

 

 

やさしく理解させましょう!スモールステップは完璧に用意します!

 

 

は その後の定着や

自分で自分をコントロールさせることを捨てている。

 

 

 

理解こそ

教科学習のもっとも楽しめるところなのに

 

 

それを取り上げて どう報酬として学習を認識させるのか

 

 

ぼくは疑問だ。

 

 

 

 

 

 

耳触りのいい言葉は 保護者の方たちにとって響きやすい言葉たちで

 

 

実際に 学力を上げることとは別物。

 

 

 

 

 

中学生になって

勉強の実行に関して話を聞いてくれなくなってしまったわが子を高校生まで勉強させきった保護者は

 

日本で

0.000000001%くらいなんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

難しいんだよ

 

長期的に伸ばしていくのは。

 

 

 

大学受験に通用する学習法を身につけるのは。

 

 

 

 

すずのきはそこに真剣に取り組んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごちゃごちゃする気持ちは 上位でも下位でもある。

 

 

自分の時間をたくさん犠牲にしているだけに上位の方が持っているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ただ 上位は知っている。

 

 

 

 

 

勉強はしないとできるようにならないことと

できるようになるまでやらないと何の意味もないことを。

 

 

経験的にね。

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは家で当たり前に勉強させてる

 

 

中学生になって 高校生になって

勉強ができなくて困るのは 本人じゃなくて親なことを よく知っている。

 

 

 

 

 

 

意味のわからない黒板を何も考えずに写せて

意味のわからない教科書を何も考えずに眺めていられる 青年時代を送ることに

 

 

すずのきは反対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

成果にこだわらなければ

本気で試行錯誤することはないし

 

 

 

 

 

本気で試行錯誤しなければ

何かが変わっていくことはそんなにないし

 

 

 

 

 

何かを自分で変えていけなければ

ちがいをつくれる人にはなれないんじゃないかな

 

 

 

 

結果を出すための努力くらいして当たり前

失礼でしょ その場にたいして

 

 

 

むすめとむすこには そのくらいの温度感で育ててる。