まず【場当たり的】ではなく『当たり前』に続けるのが、たいそう難しい。
やっているとわかるけど
『当たり前』に 朝勉強するのは
かなりガッツがいる。
本当に それが大きな意味を持つのは 中学や高校に入ってからと思うけど
小学4年生の現在でも
小2からの朝の勉強がなければ 今の半分もむすめの勉強は進められなかった。
朝の勉強は安定させやすいけど、放課後の勉強は不安定になりがち。
地味だけど安定していれておくといい勉強というのは確かにあって
わが家の場合は1行題の算数と英語。
中学受験という種目に出るのであれば
漢字と計算もいいだろうし
高校受験前なら英語の音読に社会の一問一答もいいだろう。
この
朝 勉強するということを場当たり的にではなく、『当たり前』にできれば
よほどのことがない限り 勝てるんじゃないかとおもう。
朝 勉強する人は 夜 勉強するものね。
ただし
東大物理学者の斎藤英治先生がおっしゃってたけど
『正しい失敗』のもとに進まないと『成功』には近づきにくいともおもう。
『正しい失敗』とは
目的を明確に意識しながら仮説をたて検証してみること とぼくは解釈してる。
ただ こなしている勉強は
朝の場合、集中を大きく欠くことになる。
勉強する本人が その勉強が何にはたらくのか意識しながら取り組むことが 効果を高める とぼくは感じてる。
意味の薄い勉強を 朝かさねても まったく続かないし、続いたとしたらそれはそれで…
で その
正しい試行錯誤 のもと
当たり前に朝 勉強を
思春期の人間が何年も続けられるのか
というと
それは とてもレアな存在だとおもう。
きっと 中学生高校生になっても毎日続けられる人なんて
100人に1人くらいなんじゃないかな
でも その100人に1人を続けさえすれば
答えのある勉強に関しては
世代1000人に1人になれるんじゃないかな。
気づいたら
朝 インプットをする習慣を大学生や社会人になっても維持出来てたりね
もし そうなったら
NHKラジオの『基礎英語』は 大事なきっかけで
朝 発声からはじまる語学学習は 大切な仕組みになる。