ツィッターに埼玉の受験生たちの結果があふれてる

 

 

合格

不合格

不合格

合格

 

 

関西や九州の結果も

 

 

 

不合格

不合格

合格

合格

 

 

 

 

 

 

 

中学受験

 

 

 

第一志望に合格するのは 3割といわれてる。

 

 

 

偏差値40の学校でも 全入ではなく

 

3人に1人 2人に1人落ちる。

 

 

 

 

熾烈な競争を繰り広げてる。

 

 

 

 

 

 

小学生たちは

 

その受験という選別の場に至るまで

 

ながいながい勉強期間を経てる。

 

高校受験の比ではない。

 

どれだけ すずのきの中学生たちが勉強するといっても、中学受験最大手の上位クラスの子たちに比べれば 足もとにも及ばないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期待というのは プレッシャーと同義で

 

それにこたえることは 親からの信任を得る上でとても大切なこと

 

 

そう考える小学生は多いとおもう。

 

 

 

 

いい わるい の簡単な話じゃない。

 

 

 

そんなことは中学生でも高校生でも大学生でも大人でも ありふれてる。

 

 

だれかの期待にこたえたい

 

その気持ちが人を走らせることは

 

とてもよくありふれてる。

 

 

 

 

 

 

それを自覚しながら

 

小学生が ぐっとおさえこみながら

 

自分を勉強にもっていく。

 

競争にさらして 選別を受けにいく。

 

 

 

 

 

 

 

中学受験は 親の受験だとおもう。

 

 

子を 小6の冬に 家族でどこまで成長させるか

 

そういう受験だとおもう。

 

 

 

 

 

ツィッターにあふれる感情

 

 

その10倍 子どもたちは揺れておさえこんでいる。あふれさせ方がわからないだろうし、あふれさせても受験にいいことは何もないだろうから…

 

 

そんなことを ふとおもった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人よりはやくながく走れるなら、人より走って社会を牽引すべきだとおもう。

 

 

最後尾にあわせては 社会の進歩はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

12歳まで全力で走らせたなら その後も全力の全力で走らせるべきだ。12歳の結果をもってして何らかの挫折を味わわせるのも、満足させるのも反対だ。

 

 

 

 

一喜一憂をみて そんなことを感じた。

 

 

 

 

先はもっと長い。親の到達点として考えてるならあんまりだ。あとは学校にお任せして なんて口にするくらいなら、その負荷はおわせちゃいけない。

 

 

 

 

 

受験は 子どもたちにとって 到達点じゃないんだ。

 

 

通過点なんだ。

 

 

 

 

きっと能力が足りなかった多くの不合格生がいる。

 

 

 

 

何か力になりたい

 

 

でも 全然 おもいうかばない

 

 

本人たちが自分たちなりに消化していくしかないんだろうね

 

 

 

 

勝った人には 是非 全力で走り続けて 社会をひっぱってってほしい。