いやいやいやいや、これが正解でしょ大学受験

 

 

 

というのが

 

ぼくの中では ある。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

大学受験は 仕組みも複雑だし

 

勉強する教科も 人によれば 教科数はおろか単元も

 

学部によって ばっらばら。

 

 

 

 

同じ偏差値帯でも 全然 対策がかわる とってもやっかいな試験。

 

 

 

 

 

 

 

 

毎年 傾向も変わるし

 

制度もかわる。

 

 

 

  

 

 

 

当然、高校生本人は そんなことを知れるほど

 

遠くを見渡せないし

 

何より 進路を決めるのが彼らは好きではない。

 

 

  

 

当然だよね  進路だもの。

 

 

 

  

 

 

それに 高校生は勉強以外にとても忙しい。

 

 

 

通学 ひとつとっても

 

千葉県の高校生は平均1時間以上かけている。

 

 

 

 

 

 

 

すずのきの高校生でも 片道1時間かかっている生徒は 

ひとりやふたりではないよね。

 

 

 

 

 

加えて 部活に入って(たぶんすずのき高校生は平均で週に4日を越えてる)

 

そのうえで 友達と遊んで、学校行事に参加する。

 

 

 

 

 

 

  

 

単に 机にしがみつく

 

だけでも 難しいけど

 

 

 

そこで

 

大学受験を成功した

 

 

 

 

というところまで もっていくには

 

 

 

 

 

本人のがんばり

 

 

 

 

だけでは どうにもならない。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

制度設計が 本当に大切になる。

 

 

 

 

  

 

 

  

 

 

 

 

 

一度きりの人生だからね

 

 

 

 

何をしても正解  

っていうメンタリティで生きていくのがいいとおもうんだけどね

 

 

 

 

 

でも

 

 

たぶん

 

 

 

 

 

一中でも 二中でも 和名ヶ谷中でも

 

 

 

ほとんどの子が

 

全国から人が集まる大学に進んではいない と思うんだよ。

 

 

 

 

  

 

  

それが 絶対に正しい価値観  とは思っていないよ。

 

 

  

 

 

  

思っていないけど

 

 

勉強ってさ

 

 

 

 

国民総参加で 6歳から取り組む 国を挙げての総事業なわけじゃない。

 

 

100年続いてて

 

 

どんだけAI が ー   って言ったって

 

 

資源がちょっぴりの日本が 人を育てるのを放棄するわけないと思うんだよね。そこ放棄したら 国をすてるのと同じっていうかね。

 

 

 

 

  

 

 

教育 おざなりにしたら

 

たぶん 薬物中毒者が増えて 警官も増えるでしょ。

 

 

街も汚くなるだろうし。

 

 

 

 

 

 

教育を手放しはしないとおもうんだよね 日本は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学問をするには 大学院が入口なんだろうけど

 

大学が その前の門なわけじゃない?

 

 

 

教育機関としてさ

 

 

  

 

 

  

 

1.0倍の大学って   中  みたことある?

 

 

その子たちが 運営してる何かに参加したことある?

 

 

 

 

 

  

 

 

ぼくは  だよ

 

 

ぼくは。

  

 

 

  

 

そこに通うなら 大学受験を成功させて 全国から人が集まってくる場所に進んでほしい

 

 

と すずのきの子たちにおもってる。

 

 

 

  

 

松戸で生活したり 松戸に帰ってくるのは 大いに賛成なんだけど

 

 

 

大学生になるんなら

 

 

 

 

いろんな人と話したり 過ごしたりした方が よくないかな? と思ってる。心から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

高校生にもなれば 本人が決めていくこと

 

っていう正論もわかるんだけどね

 

 

  

 

 

 

 

ぼくは 大学受験を成功するための 本人の勉強角度を上げていくことに超こだわってる。

 

 

  

 

 

なんなら 小学生から育てないとならない って

 

小学生低学年から勉強の仕方にこだわってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映像授業とか

 

 

衰退していった駅前の予備校とか

 

 

 

 

 

年間 100万円の大学受験費用は問題の本質じゃないんだよ。

 

 

 

 

 

  

 

  

 

本人ががんばったと思いながらみせる 弱弱しい笑顔が問題なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本気の失敗には 価値がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本気じゃない失敗には  もしかしたら たいした収穫がないかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

いろんなカテゴリーの受験にたずさわってきて

 

目の前の嵐を ど真ん中に近いところで見てきて

 

 

 

そう思うんだよね。

 

 

 

 

 

 

  

 

本人は よくがんばった と思ってみせる 弱弱しい笑顔

 

 

 

 

大人は 胸をえぐられるよ

 

 

 

 

  

 

  

 

 

 

それでも正解にしていくしかないからさ   自分の進む道。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくは正解を進んでいきたいとおもってる。

 

 

 

 

 

若い人の弱弱しい笑顔は絶対に見たくない。

 

 

 

 

泣くなら 一緒に泣くし

 

 

 

というか

 

 

絶対に 合格する。

 

 

 

 

  

 

 

 

言うこと聞かないんだけどね  高校生たち みんな…(><)